幻獣の血、とはなんだろう。
差別の対象か。
畏怖の対象か。
ティナが抱えているものとは、いかほどのものなのだろう・・・・・・?
エドガーは真剣に悩み、考えていた。ティナに流れる幻獣の血について。
それはたぶん・・・辛いことで、誇るべきことで、怖がられることで、そして・・・隔てられる、もので。
あらゆることを考えたつもりだが、答えは出ない。そもそも答え、とは何だ。受け容れることにワンクッション必要とする、私の心にも差別はなくとも隔てはある。だって人間だもの・・・いやそうでなく・・・
「思考がみつをになってるわよ」
駄目オーラを察知してか、厳しくセリスが弾劾する。
このとき、飛空挺甲板にはエドガーとセリスしかいなかった。エドガーが悶々と悩んでいたところに、セリスが風に当たりにきたのであった。ちなみに風に当たるのみならず愛剣をシャッシャッと砥ぎ始めていた。よくそんな背景で悩み事ができたものだ。恋する男はタフである。
「・・・悪かったね、セリス」
なんでかエドガーは謝った。
駄目なオーラにこんなにも厳しい彼女が、なにをどうして駄目代表みたいなロックに惚れて今に至るのか、ひとつ問い詰めてみたい気持ちにはとっても駆られたのだが。だが愛剣を砥ぐ常勝将軍に試し斬りの機会を与えることは、エドガーにはためらわれた。なんたって彼の双肩には、いちおうフィガロがかかっている。KYのため斬られました、では、偉大なる祖先にあまりにも申し訳ない。
まだ斬られてないけど先祖ゴメン、となんとなく心の中で謝ってから、エドガーは言を継ぐ。
「考え事をしていたんだ。・・・セリス、君は、幻獣の血についてどう思う?」
セリスは一瞬動きをとめると、さっとその美しい顔を上げた(砥石から)。
アイスブルーの瞳が、少々怪訝そうに目の前の男を検分する。そして目を逸らし、自分なりの結論に達したのかかすかに頷いた後、これまたクールに砥ぎ作業に戻った。俗に言うガン無視である。
「あのー・・・セリス?」
「エドガー」
小さい、しかし、よく通るセリスの冷静な声。
その声音は初めて会ったときよりだいぶ柔らかになったのだが、それでもその強い意志から響く何かがあった。ひとことで、相手の発言を制することを可能とする、何かが。
「エドガー(シャッ)、そういう(シャッ)、考えは(シャッ)、無駄だわ(シャッ)」
「せめて剣を砥ぐ手くらいとめてはくれないだろうか・・・」
そして、無駄とは? 聞き捨てならないね、とエドガーは付け加える。
順番が逆である。
哀れになったのか、セリスは手をとめてくれた。
「勘違いしないで。考えることは、無駄じゃないわ。あなたが考えることが無駄だと言ってるの」
だが先刻より100倍は哀れな発言をかぶせてきた。
「・・・セリス、きみ・・・私が嫌いか・・・?」
「いいえ、好きよ? あ、これも勘違いしないでね。ロックよりは下、ダニよりは上よ」
「いや、その序列はちょっと・・・励まされない」
「私はダニが嫌いなのよ」
なんで言いたいことだけ言うのだろう。さすがは常勝を謳われただけある。勝てっこない。
「エドガー、幻獣が何か、とか、彼らとどう接すればいいか、とか・・・そうね、恐れずに、恐れられずにいるにはどうしたらいいか、とかは、これからずっと考え続けなきゃいけないことだわ。いえ、ほんとはずっと前から、考え続けてなきゃいけなかった。やめてはいけないの。どうしたって、違う生き物同士なんだから。決して、考えることをやめてはいけないの。いけなかったのよ・・・」
「・・・うん、そうだね」
・・・・・・ああ、ほんとうに、勝てっこない。
彼女はずっと前から、考え続けてきたのだから。
「でもね、エドガー。あなたが考えるのが無駄って言ったのは、そっちの方向の意味じゃないわ」
「え。そっちの方向って」
ほかにどっちの方向があるのだろう。
方向に関しても果敢すぎる元将軍を前に、エドガーは言葉に詰まる。
そんなエドガーを見上げ、セリスははっきりと苦笑した。あろうことか、ハッ、と鼻で笑うオプション付きだった。世が世なら不敬罪である。というかエドガーの治世だから不敬罪そのものである。常勝にもほどがあった。
「あのね、エドガー。一度しか言わないからよく聞きなさい」
帝国への反逆罪に王国への不敬罪を重ねた豪傑は、いっそ典雅に立ち上がる。
そして、後々までもフィガロ王にトラウマを残したセリフを、ここで昂然と吐いたのだった。・・・息を大きく吸ってから。
「異種混血で悩むのは、せめて告ってからになさい! 恋の多難さを憂うのは、せめて落としてからにして頂戴! うっとうしい!!」
「う・わぁー・・・」
というか、一度しか言わないって言ったくせに繰り返し表現が入っている。
大事なことだから二度言ったのかもしれない。
「セリス・・・君なら、落としてから言っても怒りそうだけど・・・」
「当たり前でしょう。王家の蒼い血だかピンクの血だか知らないけど、そんな人血とも思えない色彩に今さら幻獣の緑の血が加わったところで何なの? 華やかで結構なことじゃない」
「いや、ティナの血は別に緑では・・・」
自分の血へのフォローはそっちのけなあたり、惚れた弱みかもしれない。たぶん。
「そんなことはどうだっていいわ。些細なことよ」
人外の血色はあっさり些細なことにされた。
セリスはほんとうに幻獣と人間との隔たりについて考え続けていたのだろうか。いたとしても一般の考えとは激しくズレがあったのではなかろうか。疑問視されるところである。
それはともかく、セリスはすたすたと欄干まで歩くと、エドガーと並んで空を仰いだ。
そして、思わず口からこぼれた、といった風に呟く。
「・・・手に入れてからになさい。時間があるか、わからないわ・・・」
「? そう、だね」
少し離れた空を、バハムートに乗ったティナが急降下して、その場の神妙な空気を破壊するまであと2秒の、貴重な一瞬であった(後で思うと)。